圧倒的な才能に出会って、自分が変わらざるを得なかった話かと思っていたが、
大谷に出会って路線変更を余儀なくされたとか、生き残る術を模索したような事実はあまり無いように感じた。
当時は大谷よりも凄い奴がいたし… という選手がほとんどで、
そう言われている凄い奴も、そこまで大谷の存在を意識していなかったようだ。
ただ、今の大谷を見ているので、「大谷は大谷」というか、大谷は別次元として処理しているようにも感じた。そういう意味の「さよなら、天才」。
今は「大谷世代」と言っているが、当初は「藤浪世代」と言われていたわけで、
その藤浪の章がなかなか踏み込んでいて驚いた。
藤浪がプロ4年目ぐらいから段々と不調になっていった時期、金本監督及び首脳陣と確執があったことがわかる。現役選手が、当時の監督とのことをここまで話すのを初めて見た気がする。
公然の秘密とされていた気もするが、現役選手がこれを言ってしまっていいのかとも思う。
また、当時、大谷より凄いと言われていた選手、いわゆる、早熟の天才がいたわけだが、指導者は彼らの育て方や育成プログラムを考えるべきという、仙台育英、須江監督の言葉にハッとさせられる。
目次
プロローグ なぜ“藤浪の取材”は3度拒否されたか?
第1章 藤浪晋太郎、30歳の告白「阪神時代、眠れなくなった」
第2章 怪物中学生は今 大坂智哉「大谷に“負けた”と言わせた少年」
第3章 消えた東北の天才 渡辺郁也「大谷が落選した楽天ジュニアのエース」
第4章 超無名中学生の逆転人生 岡野祐一郎「母親のウソで、ドラフト3位に」
第5章 高卒エリート組の後悔 北條史也「大谷にも藤浪にも聞けなかった」
第6章 大谷世代“最後の1人 田村龍弘「アイツのことは話せない」
終章 再び、藤浪晋太郎「大谷、どうでもいいんです」
エピローグ 「さよなら、天才」